物理的ハブは、もう意味を失った
ー音楽制作における「東京優位性」の終焉ー
かつて、音楽制作において
東京は圧倒的なハブだった。
スタジオ、ミュージシャン、エンジニア、
レーベル担当者、制作会社、メディア。
すべてが東京に集中しており、
「東京にいないと始まらない」という時代が確かに存在した。
しかし、2020年代の現在、
その前提はすでに崩れている。
昔:東京にいなければ出来なかったこと
ほんの十数年前まで、音楽制作は明確に場所依存型だった。
- スタジオは都心に集中
- 優秀なミュージシャンも東京常駐
- エンジニアとの打ち合わせは対面が前提
- マスタリングも物理的な立ち会いが基本
地方在住のアーティストは、
「上京」か「妥協」を迫られるのが常だった。
今:制作は完全に分散化した
現在の制作環境は、根本から変わった。
- 音源データは即時送信
- リモートRECは当たり前
- 海外エンジニアとも時差込みで即仕事
- 修正・差し替え・再マスターもオンライン完結
もはや
物理的に同じ場所にいる必要はない。
重要なのは
「どこにいるか」ではなく
「何を判断できるか」になった。
東京の優位性は「消えた」のではなく「変質した」
正確に言えば、
東京の価値がゼロになったわけではない。
東京は今も
- 人が集まり
- 情報が早く
- 平均値が整っている
ただしそれは
完成度を保証する要素ではなくなった。
制作の核心である
- 音の判断
- アレンジの取捨選択
- 作品としての着地点
これらは、
地理とは無関係になっている。
これからの時代に問われるのは「拠点」ではない
今、問われているのは
- 自分の耳を信じられるか
- 流行に流されず判断できるか
- 誰と、どう組むかを選べるか
そのすべては
オンラインで完結できる能力だ。
東京にいること自体が
アドバンテージになる時代は、
すでに終わった。
結論
物理的ハブは、もはや制作の必須条件ではない。
東京は選択肢の一つであって、
前提条件ではない。
音楽の完成度を決めるのは
場所ではなく、
姿勢と判断力だ。
そしてそれは、
どこにいても手に入る時代になった。
Tune Factory 時本

